前回の、バーテンダーとして初めて中野で働き始めたお話の続きです。オーナー橋本氏に誘っていただいて、フランクストンで働かせていただけることになりました。

勤めた当初はもちろんですが、未経験者がカウンターになんて立たせてもらえません。初めの数ヶ月はホール担当。洗い物もお皿だけ。グラスには触らせてもらえませんでした。
毎日営業が終わった2~3時から始発が出る時間までは、酒やカクテルの勉強。睡眠時間はほとんど無かったけれど、当時はこの時間が本当に楽しみで、最も充実した時間でした。
ホールはお客様に近い存在です。お客様と会話することで、お酒の好みも自然と理解するようになります。こうなってくると、早くカウンターでお酒をサービスしてみたい、バーを演メイキングできる役割になりたいと強く感じるようになりました。
いかに気持ちよくお客様にお酒を飲んでいただけるかは、お店を演出するカウンターに立つ人間の手腕にかかっています。経営面においても非常に大切。当然、売り上げも左右されます。
バーテンダーの仕事は全て、見て学ぶ、職人芸。バーテンダーが後輩に指導するとき、直接手を下すことはありません。少しずつ仕事が認められ、グラスを洗わせてもらえるようになると、隣に立つバーテンダーのサービス、技術、お客様への掛け合いを眼で見て盗み、半年が経ちました。
初めてお客様にカクテルをお作りしたことは、鮮明に覚えています。オーダーは「トム・コリンズ」。
当時、ボクが最もこだわりを持って努力を重ねたカクテルがあります。ブランデーベースのスタンダード「サイドカー」。王道であり、基礎中の基礎と言えるカクテルです。
- ブランデー
- レモンジュース
- コアントロ
の三位一体。
このレシピを基本として様々なカクテル、例えば
- ホワイト・レディ
- マルガリータ
- バラライカ
と発展していきます。
ボクの作る「サイドカー」、大腕を振って自慢できるほど美味しいですよ! この一杯に感動して、バーテンダーを目指した人物もいるほど。新宿西口の名店「アーガイル」のリー君。彼の作る「サイドカー」も絶品です。
ボクがバーのオーナーになるまで、目次
#1 ボクの原点は東京中野「フランクストン」
#2 東京中野フランクストンでの下積み時代
#3 調理修行、軍鶏料理「竹やぶ」
次回は、師匠であり親父との出会い、軍鶏料理のお店で調理修行した経緯をお話ししたいと思います。

