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	<title>【中野・バー】 BAR NASH &#187; ボクがバーのオーナーになるまで</title>
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		<title>#3 調理修行、軍鶏料理「竹やぶ」</title>
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		<pubDate>Mon, 05 Apr 2010 03:03:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Yutaka</dc:creator>
				<category><![CDATA[ボクがバーのオーナーになるまで]]></category>
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[中野]]></category>

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		<description><![CDATA[<div class="feed_thum"><img width="231" height="144" src="http://www.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/04/shamo1.jpg" class="attachment-post-thumbnail wp-post-image" alt="shamo" title="shamo" /></div>フランクストンで３年ほど、バーテンダーの下積み生活を続けていた折、お客様の１人に中野で鶏料理屋を経営されている方がいました。 海老沼さん、言うならば中野のゴッドファーザー。ブルース・ウィリス似のコワモテです。BAR NA &#8230; <a href="http://www.bar-nash.com/autobiography/825.html">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="feed_thum"><img width="231" height="144" src="http://www.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/04/shamo1.jpg" class="attachment-post-thumbnail wp-post-image" alt="shamo" title="shamo" /></div><p>フランクストンで３年ほど、バーテンダーの下積み生活を続けていた折、お客様の１人に中野で鶏料理屋を経営されている方がいました。</p>
<p>海老沼さん、言うならば中野のゴッドファーザー。ブルース・ウィリス似のコワモテです。BAR NASHにも、ちょくちょく遊びにいらしてくださっています。本当によく可愛がってもらいました。ボクにとっては親父であり恩人であり、師匠のような方です。</p>
<p>当時22歳のボクに、親父が放った一言、</p>
<p><strong>「料理が出来て初めて、一人前のバーテンダーと言えるんだ」</strong></p>
<p>昔ながらのバーテンダーは、酒を作るだけではなく、料理も当たり前のようにできた。飲食業界で生き残りたければ、料理を覚えないと仕事の幅も広がらないし、ツブシも利かない、生き残っていけない・・・という意味でした。</p>
<p>フランクストンで3年間を、バーテンダーとしてのイロハをきっちり叩き込んで過ごしたボクは、こうして同じ中野の鶏料理屋で調理の勉強をさせていただけることになったのです。</p>
<p style="text-align: center;"><img src="http://blog.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/04/shamo.jpg" title="shamo" width="360" height="360" class="aligncenter size-full wp-image-827" /></p>
<p><span id="more-825"></span></p>
<h3>東京中野、軍鶏料理「竹やぶ」</h3>
<p>親父は既に引退されて、お店は閉めていますが、「竹やぶ」では本物の軍鶏を使用していました。</p>
<p>鶏肉で有名なのは、三大地鶏の</p>
<ul>
<li>比内鶏</li>
<li>薩摩鶏</li>
<li>名古屋コーチン</li>
</ul>
<p>軍鶏の名前が付いている地鶏も最近では多く見かけますが、軍鶏には</p>
<ul>
<li>合軍鶏</li>
<li>本軍鶏</li>
</ul>
<p>という区分があります。</p>
<p>合軍鶏は、本軍鶏とその他の鶏の掛け合わせで、あくまで食用の鶏。一方、本軍鶏は闘鶏に出される軍鶏。犬と喧嘩して勝ってしまう程気性が荒く、とても群れでは飼育できません。そして、普段は決して鳴きません。鳴くときは闘いで負けを認めたときだけ。</p>
<p>ボクは調理師見習い。焼く、煮る、蒸す、出汁取りといった調理の基本、調理師の包丁の使い方、飲食店の衛生管理、鶏のおろし方を学びました。</p>
<p>中でも勉強になったのは、仕入れや原価計算といった在庫管理の仕事でした。当然のことながら、調理見習いはなかなかお客様にお出しする皿を作らせてもらえません。その代わり、毎日、従業員3人分のまかないを作るのはボクの仕事。親父から出された条件がありました。</p>
<ul>
<li><strong>一年365日、同じメニューを作ってはいけない</strong></li>
<li><strong>例えば、カレーだけ牛丼だけといった、一品物のメニューは認めない</strong></li>
<li><strong>必ず主食、汁、主菜、副菜、漬け物を付ける</strong></li>
<li><strong>3人分のまかないに、1日当たり使える金額は500円まで</strong></li>
</ul>
<p>当初は本当に苦労しました。例えば、カレーを作って次の日に残りを出すと、親父は「今日はいらねえ！」と食べてくれません・・・。</p>
<p>要するに、月間トータルで金額を納めればよいわけで、仕入れ、ストックの管理を直に学べたことは大きな収穫でした。</p>
<p>また、それまで酒を作ることしかできなかった一介のバーテンダーにとって、飲食業とは、調理とは、サービスとはと広い視点で自分の仕事を見つめるチャンスを与えてくれた親父には、感謝しても仕切れないほどかけがえのない経験です。</p>
<p>こうして1年間、親父の元でみっちりと調理を学び、フランクストンに店長として復帰しました。</p>
<h4>ボクがバーのオーナーになるまで、目次</h4>
<p>#1 <a href="http://blog.bar-nash.com/autobiography/274.html">ボクの原点は東京中野「フランクストン」</a><br />
#2 <a href="http://blog.bar-nash.com/autobiography/362.html">東京中野フランクストンでの下積み時代</a><br />
#3 調理修行、軍鶏料理「竹やぶ」</p>
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	</item>
		<item>
		<title>#2 東京中野フランクストンでの下積み時代</title>
		<link>http://www.bar-nash.com/autobiography/362.html</link>
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		<pubDate>Fri, 26 Feb 2010 08:13:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Yutaka</dc:creator>
				<category><![CDATA[ボクがバーのオーナーになるまで]]></category>
		<category><![CDATA[中野]]></category>

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		<description><![CDATA[<div class="feed_thum"><img width="231" height="144" src="http://www.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/02/frankston.jpg" class="attachment-post-thumbnail wp-post-image" alt="frankston" title="frankston" /></div>前回の、バーテンダーとして初めて中野で働き始めたお話の続きです。オーナー橋本氏に誘っていただいて、フランクストンで働かせていただけることになりました。 勤めた当初はもちろんですが、未経験者がカウンターになんて立たせてもら &#8230; <a href="http://www.bar-nash.com/autobiography/362.html">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="feed_thum"><img width="231" height="144" src="http://www.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/02/frankston.jpg" class="attachment-post-thumbnail wp-post-image" alt="frankston" title="frankston" /></div><p>前回の、<a href="http://blog.bar-nash.com/autobiography/274.html">バーテンダーとして初めて中野で働き始めた</a>お話の続きです。オーナー橋本氏に誘っていただいて、フランクストンで働かせていただけることになりました。</p>
<p style="text-align: center;"><img src="http://blog.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/02/autobio02.jpg" title="autobio02" width="490" height="320" class="aligncenter size-full wp-image-363" /></p>
<p>勤めた当初はもちろんですが、未経験者がカウンターになんて立たせてもらえません。初めの数ヶ月はホール担当。洗い物もお皿だけ。グラスには触らせてもらえませんでした。</p>
<p>毎日営業が終わった２～３時から始発が出る時間までは、酒やカクテルの勉強。睡眠時間はほとんど無かったけれど、当時はこの時間が本当に楽しみで、最も充実した時間でした。</p>
<p><span id="more-362"></span></p>
<p>ホールはお客様に近い存在です。お客様と会話することで、お酒の好みも自然と理解するようになります。こうなってくると、早くカウンターでお酒をサービスしてみたい、バーを演メイキングできる役割になりたいと強く感じるようになりました。</p>
<p>いかに気持ちよくお客様にお酒を飲んでいただけるかは、お店を演出するカウンターに立つ人間の手腕にかかっています。経営面においても非常に大切。当然、売り上げも左右されます。</p>
<p>バーテンダーの仕事は全て、見て学ぶ、職人芸。バーテンダーが後輩に指導するとき、直接手を下すことはありません。少しずつ仕事が認められ、グラスを洗わせてもらえるようになると、隣に立つバーテンダーのサービス、技術、お客様への掛け合いを眼で見て盗み、半年が経ちました。</p>
<p>初めてお客様にカクテルをお作りしたことは、鮮明に覚えています。オーダーは「トム・コリンズ」。</p>
<p>当時、ボクが最もこだわりを持って努力を重ねたカクテルがあります。ブランデーベースのスタンダード「サイドカー」。王道であり、基礎中の基礎と言えるカクテルです。</p>
<ul>
<li>ブランデー</li>
<li> レモンジュース</li>
<li> コアントロ</li>
</ul>
<p>の三位一体。</p>
<p>このレシピを基本として様々なカクテル、例えば</p>
<ul>
<li> ホワイト・レディ</li>
<li> マルガリータ</li>
<li> バラライカ</li>
</ul>
<p>と発展していきます。</p>
<p>ボクの作る「サイドカー」、大腕を振って自慢できるほど美味しいですよ！ この一杯に感動して、バーテンダーを目指した人物もいるほど。新宿西口の名店「アーガイル」のリー君。彼の作る「サイドカー」も絶品です。</p>
<h4>ボクがバーのオーナーになるまで、目次</h4>
<p>#1 <a href="http://blog.bar-nash.com/autobiography/274.html">ボクの原点は東京中野「フランクストン」</a><br />
#2 東京中野フランクストンでの下積み時代<br />
#3 <a href="http://blog.bar-nash.com/autobiography/825.html">調理修行、軍鶏料理「竹やぶ」</a></p>
<p>次回は、師匠であり親父との出会い、軍鶏料理のお店で調理修行した経緯をお話ししたいと思います。</p>
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		<title>#1 ボクの原点は、東京中野「フランクストン」</title>
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		<pubDate>Sat, 20 Feb 2010 20:01:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Yutaka</dc:creator>
				<category><![CDATA[ボクがバーのオーナーになるまで]]></category>
		<category><![CDATA[ボンベイ・サファイア]]></category>
		<category><![CDATA[ラフロイグ]]></category>

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		<description><![CDATA[<div class="feed_thum"><img width="231" height="144" src="http://www.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/02/bombay.gif" class="attachment-post-thumbnail wp-post-image" alt="bombay" title="bombay" /></div>Bar NASHのオープンまで、あと一ヶ月を切りました。 堀川豊のバーテンダーとしてのキャリアの紹介を兼ねて、Bar NASHとして独立するに至った経緯を、数回に分けてお話したいと思います。 バーテンダーという職業は、皆 &#8230; <a href="http://www.bar-nash.com/autobiography/274.html">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="feed_thum"><img width="231" height="144" src="http://www.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/02/bombay.gif" class="attachment-post-thumbnail wp-post-image" alt="bombay" title="bombay" /></div><p>Bar NASHのオープンまで、あと一ヶ月を切りました。</p>
<p>堀川豊のバーテンダーとしてのキャリアの紹介を兼ねて、Bar NASHとして独立するに至った経緯を、数回に分けてお話したいと思います。</p>
<p>バーテンダーという職業は、皆さんにとってあまり馴染みの深いものではないかも知れません。ボクは、ふとした事がきっかけでこの世界に足を踏み入れ、以後お酒の魅力、お客様を含めバーに関わる人たちとの繋がりに魅せられて、いつしか自分のお店を構えるのが一つの目標になっていました。</p>
<p style="text-align: center;"><img src="http://blog.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/02/no.jpg" title="autobio01" width="490" height="400" class="aligncenter size-full wp-image-292" /></p>
<p>特に、若い子達に読んで欲しい。もっとお酒の素晴らしさ、バーの素晴らしさに気付いてもらえればという気持ちでいます。ボクの体験をお話しすることで、皆さんが少しでもバーとお酒に興味を持って、バーの扉を開けてみるきっかけになってもらえれば、とても嬉しいです。<br />
<span id="more-274"></span></p>
<h3>中野「Cafe &amp; Bar フランクストン」で、お酒の美しさに魅了された</h3>
<p>ボクは2010年現在で34歳になります。中野で育ち、今も中野で暮らしています。特に北口は勝手知ったる地元。若い頃はバイトをして、お金もなく日がな中野の街をぶらついていました。</p>
<p>当時はまっていた事と言えば、洋酒が好きだったこと。地元の友達から、洋酒が好きなら、それらしいバーが近くにあると教えてもらい、初めて扉を開けたバーが「Cafe &amp; Bar フランクストン」でした。</p>
<h3>非現実的な空間で、美しく姿を変えた「ボンベイ・サファイア」</h3>
<p>フランクストンで初めて飲んだお酒のことは、今でも鮮明に覚えています。ジン「ボンベイ・サファイア」のロック。大胆なカットの装飾が施されたバカラの重厚なグラスに、丁寧に削られた丸氷。たったワンショット、30ccのジン、ボンベイ・サファイアが、バーという非現実な空間で美しく輝く様は、今まで触れたことのなかった、全く新しい体験でした。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://www.bombaysapphire.com/" target="_blank"><img src="http://blog.bar-nash.com/wp-content/uploads/2010/02/bs.jpg" alt="ボンベイサファイア" title="ボンベイサファイア" width="268" height="588" class="aligncenter size-full wp-image-288" /></a></p>
<p>すっかりバーの魅力に取りつかれ、バイトで稼いでは、美しいお酒、おいしいお酒を求めて、たった一杯分のお金を握りしめて「フランクストン」に通い詰めました。そこでオーナーの橋本氏から、シングルモルト、ホワイトスピリッツ、カクテルと、様々なお酒を教わることになります。</p>
<p>この頃、フランクストンで飲んだお酒で特に印象に残っているのは、初めてストレートで飲んだシングルモルト「ラフロイグ10年」でした。ウイスキーといえばバーボン一辺倒だったのが、「ラフロイグ」の煙っぽい、消毒液くさい、享楽的な味わいの虜になったことを覚えています。</p>
<h3>バーテンダーとしてのキャリアはここから</h3>
<p>ある日、フランクストンの橋本氏から「おまえはそんなに酒が好きか、だったらうちで働いたらどうだ？」と声をかけていただきました。この時の正直な気持ちは「お金が無くてもバーで働けば店の酒をタダで飲める、もっとうまい酒が飲みたい！」、それほどのものでしたが、当時のボクにとっては十分すぎる動機でした。</p>
<p>こうしてボクは、バーテンダーとして下積みの経験をしていくことになります。</p>
<h4>ボクがバーのオーナーになるまで、目次</h4>
<p>#1 ボクの原点は東京中野「フランクストン」<br />
#2 <a href="http://blog.bar-nash.com/autobiography/362.html">中野フランクストンでの下積み時代</a><br />
#3 <a href="http://blog.bar-nash.com/autobiography/825.html">調理修行、軍鶏料理「竹やぶ」</a></p>
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